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東京地方裁判所 平成3年(ワ)2033号 判決 1992年10月13日

原告

株式会社トータル・エステート

右代表者代表清算人

住福厚美

右訴訟代理人弁護士

藤井範弘

被告

有馬徹

右訴訟代理人弁護士

塚田保雄

主文

一  被告は、原告に対し、金三七一〇万円及びこれに対する平成二年六月一二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金七四二〇万円及びこれに対する平成二年六月一一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

(一)  原告は、不動産の売買・交換・賃貸借及びこれらの仲介並びに管理、飲食店の経営等を目的とする株式会社である。

(二)  被告は、平成元年四月二四日当時、ラジオ・テレビジョン・レコード及び舞台への楽団演奏の提供、バー・キャバレー(風俗営業)の営業等を目的とする訴外株式会社有馬商事(以下、「有馬商事」という。)の代表取締役であった。

2(取締役の職務執行行為)

(一)  有馬商事は、昭和六一年七月一日、訴外札幌アルト株式会社(以下、「札幌アルト」という。)から別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件建物」という。)を賃借し(以下、「本件建物賃貸借契約」という。)、「クラブ・ノーチェ」という名称でキャバレーを経営していた。

(二)  被告は、有馬商事の代表取締役として、有馬商事の累積した負債を整理するため、本件建物賃借権及び「クラブ・ノーチェ」の営業権を売却することを計画した。原告は、平成元年四月二四日、有馬商事から、同社が所有する「クラブ・ノーチェ」の造作設備及び本件建物の賃貸人札幌アルトに対する保証金返還請求権その他「クラブ・ノーチェ」の営業に関する一切の権利義務を合計金一億四七五〇万円で譲り受け、また、被告から、被告が保有する有馬商事の全株式を合計金二五〇万円で譲り受けた。

(三)  被告は、有馬商事が多額の譲渡承諾料や法人税の支払いをすることを避けるため、原告に対し、右二の取引を法人たる有馬商事の売買という形態に仮装することを申し入れた。その結果、原告と有馬商事及び被告は、契約書の上では、原告が有馬商事に対し本件建物賃借権等売買代金と同額の金一億四七五〇万円を貸し付けることとし、原告が買い受けるのは有馬商事の全株式だけとすることにより、法人たる有馬商事を売買するという形式をとることにした(以下、「本件売買契約」という。)。

(四)  原告は、右売買代金として、有馬商事に対し、平成元年四月二四日に金一億一七五〇万円を、同年五月一日に残金三〇〇〇万円を支払い、また、被告に対し、同年四月二四日に金二五〇万円を支払った。

3(取締役の悪意または重過失による任務懈怠)

(一)  本件建物賃貸借契約書第一二条においては、「名義の如何にかかわらず、賃借権の譲渡、賃貸借室の全部又は一部の転貸、第三者との共同使用、委託経営、同居等を為し、又は為さしめることは出来ない」旨明記されており、さらに、被告は、従前、賃貸人札幌アルトから、本件建物賃借権を無断譲渡しないように厳重に注意され、譲渡する場合には譲受人と交渉に入る前に必ず札幌アルトに相談すること、札幌アルトは譲受人を厳しく選別することを厳重に忠告されていた。

したがって、被告は、形式の如何を問わず、本件建物賃借権の無断譲渡と同一視される行為をして札幌アルトから賃貸借契約を解除されないようにするという注意義務を有馬商事に対して負っていた。

(二)  しかるに、被告は、たとえ法人の売買という形式をとっても、本件建物賃借権を無断で譲渡すれば、賃貸人札幌アルトから本件建物賃貸借契約を解除されることを知りながら、これを秘匿し、原告に対し、法人の売買なら賃貸人札幌アルトの承諾を得ることなく有効に本件建物賃借権を取得できる旨申し向け、原告をその旨誤信させて、あえて賃貸人札幌アルトの承諾を得ずに本件売買契約を締結した。

(三)  仮にそうでないとしても、被告は、本件売買契約締結に際し、たとえ法人の売買という形式をとっても実質的には賃借権の譲渡にあたり、後日賃貸人札幌アルトから本件建物賃貸借契約を解除されることを容易に知ることができた。

しかるに、被告は、法人の売買という形式をとれば、賃貸人札幌アルトの承諾を得ることなく本件賃借権を有効に譲渡することが可能であると軽率にも誤信して、原告に対して本件売買契約の申込をし、同様に誤信した原告との間で本件売買契約を締結してしまった。

(四)  したがって、被告は、有馬商事の取締役として、本件売買契約を締結するにつき、悪意又は重大な過失により忠実義務ないし善管注意義務に違反したものである。

4(損害)

(一)  後日、本件売買契約は札幌アルトの知るところとなり、札幌アルトは、有馬商事に対し、平成元年六月一四日、賃借権の無断譲渡を理由に本件建物賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした上で、同年八月二日、有馬商事と原告を被告として建物明渡請求訴訟(当庁平成元年(ワ)第一〇二一九号)を提起した。

(二)  その後、札幌アルト、原告及び有馬商事の間で、平成二年七月一六日、概ね左記の内容の裁判上の和解が成立した。

(1) 札幌アルトと有馬商事の間の本件建物賃貸借契約が、有馬商事の原告に対する賃借権の無断譲渡を理由として、平成元年六月一四日解除されたことを確認する。

(2) 原告及び有馬商事は、札幌アルトに対し、平成二年九月三日限り、本件建物を明け渡す。

(3) 札幌アルトは有馬商事に対し、本件建物賃貸借契約に基づき札幌アルトが預かっていた保証金四三八二万七〇〇〇円の内金二二〇〇万円を返還する。

(4) 札幌アルトは、原告及び有馬商事に対し、訴外東京企業株式会社が有馬商事から本件建物内の造作・設備・動産類を譲り受けることを承認する。

(三)  原告は、右和解条項に従い、平成二年九月三日、札幌アルトに対し本件建物を明け渡すとともに、本件建物内の動産類の売却先である訴外東京企業株式会社から代金五三八〇万円の支払いを受けた。また、原告が全株式を所有する有馬商事は、札幌アルトから保証金内金二二〇〇万円の返還を受けた。その結果、原告は、実質的に本件売買代金一億五〇〇〇万円のうち合計七五八〇万円を回収した。

(四)  したがって、原告は、被告の任務懈怠により、本件売買代金のうち未回収分相当額である金七四二〇万円の損害を被った。

5(履行遅滞の時期)

原告は、平成二年四月二四日、東京簡易裁判所に対し、被告を相手方として本件売買契約に関し金一億五〇〇〇万円の損害賠償を求める調停の申立てをし(東京簡易裁判所平成二年(ノ)第一八三号)、第一回調停期日は同年六月一一日と指定され、相手方代理人も出頭したが、同年九月一四日、不調に終わった。

6 よって、原告は、被告に対し、商法二六六条の三第一項の取締役の第三者に対する損害賠償責任に基づき、金七四二〇万円及びこれに対する右損害賠償責任の履行の請求を受けた日である平成二年六月一一日から右支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の一、二、四の各事実は認める。同2の三の事実は否認する。

3  同3の一ないし三の各事実は否認する。同3の四は争う。

被告は、本件売買契約締結の際、原告に対し、札幌アルトに賃借権譲渡についての承諾を得るように求めたが、原告は、有馬商事の全株式を所有するのであるから問題はないとして、右承諾を得ようとはしなかったのである。

4  同4の一の事実は認め、同4の二、三の各事実は知らない。同4の四の事実は否認する。

5  同5の事実は認める。

三  抗弁(過失相殺)

1  原告代表者は、本件売買契約締結にあたり、法人の売買という形式であれば、賃貸人札幌アルトの承諾を得ることなく、有効に本件賃借権を譲り受けることが可能であると誤信した。

2  不動産業者でもある原告代表者が、実質的には賃借権の譲渡にあたる本件売買契約について、右のように誤信したことには過失がある。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実1は認め、同2は争う。

原告代表者は、本件売買契約は単に有馬商事の株式の譲渡及び役員の変更を行うに過ぎず、クラブ・ノーチェの営業形態には全く変化が生じないこと、本件取引は東京信用金庫新宿支店の紹介であり、しかも、問題が生ずるような契約であれば銀行は融資をしないと考えられるところ、同信用金庫が原告に対し買受代金全額の融資に応じたこと、本件契約書は有馬商事の顧問税理士田尻初夫が作成したものであり、専門家である税理士から本件契約には問題がない旨の説明をうけていたこと等から、法人の売買という形式であれば賃貸人札幌アルトの承諾を得ずに本件賃借権を譲り受けることが可能であると誤信してしまったのである。したがって、原告代表者は、右のように誤信したことについて過失はない。

また、仮に原告代表者が右のように誤信したことについて過失があるとしても、被告の過失の程度と比べて極めて軽微である。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因について

1  請求原因1及び同2の一、二、四の各事実は、当事者間に争いがなく、同2の三の事実は<書証番号略>、証人田尻初夫の証言(以下「田尻証言」という。)及び原告代表者住福厚美本人尋問の結果(以下「住福本人尋問」という。)によって認められる。

2  そこで、本件において被告に会社に対する悪意又は重大な過失による任務懈怠があったかどうかについて検討する。

(一)  まず、請求原因3の一前半の事実は、<書証番号略>及び住福本人尋問によって認められる。

右事実によれば、被告は、有馬商事の取締役として、形式の如何を問わず実質的に本件建物賃借権の譲渡と同一視される行為をするにあたっては、必ず賃貸人札幌アルトの承諾を得るようにして、違法な無断譲渡として賃貸人札幌アルトから本件賃貸借契約を解除されることのないようにすべき忠実義務ないし善管注意義務を有馬商事に対し負っていたものと解するのが相当である。

(二)  進んで、悪意による被告の任務懈怠(請求原因3の二)について検討する。

被告が、法人の売買という形式をとっても実質的には本件賃借権を譲渡するものである以上、賃貸人札幌アルトの承諾を得なければ本件賃貸借契約が解除されることを知っていたことを認めるに足りる証拠はない。かえって、田尻証言及び住福本人尋問によれば、被告は法人の売買という形式をとれば本件賃借権を原告に対し有効に譲渡できると信じていたことが認められる。

したがって、悪意による被告の任務懈怠の主張は理由がない。

(三)  次に、重大な過失による被告の任務懈怠(請求原因3の三)について検討する。

(1) <書証番号略>、田尻証言、住福本人尋問及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

有馬商事の昭和六三年七月三一日決算においては、当期未処理損失金一七六〇万三三八九円、内当期損失金八七二万五〇〇二円が計上されていたが、平成元年四月三〇日の時点においては未処理損失が金二五四〇万六三七四円に拡大した。そして、平成元年四月当時、有馬商事は、訴外東京信用金庫(以下、「東京信用金庫」という。)に対して金六〇五〇万円の、被告に対して金三二三三万三一七九円の各借入金債務を負担しており、また、昭和六二年一一月分から平成元年三月分までの料理飲食等消費税合計金約二五〇〇万円を滞納していた。すなわち、平成元年四月当時、有馬商事は、毎年累積する赤字をかかえ、金融機関等への借入金の返済ができず、料理飲食税の支払いも不可能なほど経営状態が悪化していた。

そこで、被告は、累積していた有馬商事の右負債を整理するため、本件建物賃借権及び「クラブ・ノーチェ」の営業権を売却することを計画した。その後、東京信用金庫から紹介を受けた原告が、平成元年三月初旬ころから、本件建物賃借権等の売却(以下、「本件取引」という。)について被告と交渉するようになった。

当初、原告代表者は、被告に対し、賃貸人に対し譲渡承諾料を払って本件建物賃借権の譲渡についての承諾を得た上で、本件建物賃借権を譲り受けたい旨要望するとともに、本件建物賃借権及び「クラブ・ノーチェ」の営業権を総額金一億五〇〇〇万円で譲り受けたい、ただし、札幌アルトに対する賃借権譲渡についての承諾料は右金員の中から支払ってもらいたい旨申し入れた。これに対し、被告は、本件建物賃借権及び「クラブ・ノーチェ」の営業権の譲渡という形式をとると、有馬商事が賃貸人札幌アルトに対する譲渡承諾料及び多額の法人税を支払わねばならなくなり、有馬商事、ひいては同社の株式を事実上一〇〇パーセント所有していた被告の取得額が減ることになる等の理由から、原告代表者に対し、本件取引を法人の売買という形式で処理したい旨申し入れた。

被告は、右申し入れにあたり、かつて自己が所有していた訴外株式会社有馬航空を法人の売買という形式により売却処分することによって、同社が有していた航空機使用事業等の免許を他に譲渡した経験から、今回も法人の売買という形式をとって本件建物賃借権及び「クラブ・ノーチェ」の経営を原告に引き継げば、賃借人の名義は有馬商事のままで変わらず有馬商事の株主が被告から原告に変わるだけだから、賃貸人札幌アルトに賃借権譲渡について承諾料を支払って承諾を得るという手続をふまなくとも、賃借権を有効に譲渡することが可能であると信じていた。そして、平成元年八月三一日まで、被告が業務執行権を持たない名目上の代表取締役として商業登記簿上は有馬商事に残留することにし、同月に予定されていた本件建物賃貸借契約の更新がなされた後に、賃貸人札幌アルトに対し、被告から原告への有馬商事の経営者の変更を話せば問題はないと考えていた。

他方、原告代表者は、当初は、通常の取引どおり、賃貸人の承諾を得た上で賃借人の名義を原告に変更することを考えていたが、本件建物でのクラブ経営を強く望んでいたため、被告との交渉が進むにつれて、本件建物でクラブ経営ができさえすれば本件取引の形式にはこだわらないと考えるようになり、法人の売買という形式で本件取引を処理するという被告の提案に応じることにした。

その後、有馬商事の顧問税理士である田尻初夫が作成した原案を被告の指示に従って修正していくという形で本件売買契約書(<書証番号略>)が作成され、本件売買契約が成立した。

(2)  右(1)における認定事実及び前記認定にかかる請求原因3の一の事実によれば、被告は本件売買契約が実質的には賃借権の譲渡と同一視されるものであることを十分認識していたこと及び被告は本件売買契約が賃貸人である札幌アルトに発覚すれば無断譲渡として本件賃貸借契約を解除される危険が高いことを予想することが容易に可能であったことを推認することができる。

(3)  そうすると、被告が法人の売買という形式をとれば札幌アルトの承諾を得ることなく本件建物賃借権が譲渡できると信じて原告に対して本件売買契約の申込をして同様に誤信した原告との間で本件売買契約を成立させたことは、有馬商事の代表取締役としての前記忠実義務ないし善管注意義務に違反した任務懈怠であるというべく、かつ、右任務懈怠は被告の重大な過失によるものと解される。

したがって、被告は、原告に対し、原告が被告の右任務解怠によって被った損害について商法二六六条の三第一項の責任を免れないものと解するのが相当である。

3  次に、被告の右任務解怠と相当因果関係のある損害について検討する。

請求原因4の一の事実は、当事者間に争いがなく、同4の二及び三の事実は<書証番号略>、住福本人尋問及び弁論の全趣旨によって認められる。

田尻証言、住福本人尋問及び弁論の全趣旨によれば、原告と被告は、有馬商事の全株式、本件建物賃借権、本件建物の造作設備什器備品、「クラブ・ノーチェ」ののれん及びその他「クラブ・ノーチェ」の営業に関する一切の権利義務には、「クラブ・ノーチェ」の営業を原告が引き継いで実施していけることを前提にすれば、合計して一億五〇〇〇万円の価値があると考えて、本件売買契約を締結したこと、右の一億五〇〇〇万円という評価は営業の継続を前提にすれば客観的にみても妥当なものであること、しかるに被告が賃貸人札幌アルトの承諾を得ることを怠り原告が「クラブ・ノーチェ」の営業を行っていくことができなくなったため、本件売買契約により原告が取得した財産は実際には営業の停止及び企業の清算を前提とした価値しか有しないこと、その価値は、「クラブ・ノーチェ」の造作、什器、備品(金五三八〇万円相当)及び賃貸人札幌アルトに対する保証金返還請求権(金二二〇〇万円相当)、以上合計金七五八〇万円相当だけであることが認められる。したがって、右金一億五〇〇〇万円と右金七五八〇万円の差額金七四二〇万円は、被告の取締役としての任務懈怠によって原告が被った損害であると認めるのが相当である。

4  当事者間に争いがない請求原因5の事実によれば、平成二年六月一一日には、被告は、原告から、前項の損害賠償債務の履行の請求を受けたことを推認することができるから、右同日に、被告の損害賠償債務は遅滞に陥ったものと認められる。

二抗弁(過失相殺)について

1  商法二六六条の三第一項により、取締役が第三者に対して損害賠償の責めに任ずる場合において、その第三者にも過失があるときは、民法七二二条二項の類推適用により、過失相殺が認められると解するのが相当である。

2  抗弁1の事実は、当事者間に争いがない。

<書証番号略>、田尻証言及び住福本人尋問によれば、原告代表者は、本件売買契約は単に有馬商事の株式の譲渡及び役員の変更を行うに過ぎず、賃借人の名義は変わらないし、「クラブ・ノーチェ」の営業形態には全く変化が生じないことから、賃貸人の承諾を得なくとも有効に賃借権を譲り受けることができると考えていたこと、本件取引は東京信用金庫新宿支店の紹介であり、同信用金庫が原告に対し売買代金の融資をしてくれることになっていたこと、被告が音楽家として著名な人物であったため、原告代表者は、被告の言うとおり法人の売買という形式をとっても問題はないと信用したことが認められる。そして、原告は、本件売買契約締結の際、右のような事情の下で、原告代表者が抗弁事実1のように誤信したことについては過失はない、と主張する。

しかしながら、原告が不動産の売買・交換・賃貸借及びこれらの仲介並びに管理等の不動産業を目的とする株式会社であることは当事者間に争いがなく、住福本人尋問によれば、原告代表者は、建物賃借権の売買には通常は賃貸人の承諾を得なければならないことを十分認識していたことが認められる。また、原告の本件売買契約締結の実質的な目的は、本件建物賃借権を譲り受けることにあったことは前に認定したとおりである。以上の事実によれば、原告代表者は、法人の売買という形式をとったために賃借人の名義が変わらないことを前提にして、本件売買契約が実質的に本件建物賃借権を譲渡するものであるとして札幌アルトから賃貸借契約を解除される危険が高いことを認識することが容易に可能であったことを推認することができる。したがって、原告代表者が、法人の売買という形式をとれば賃貸人札幌アルトの承諾を得なくても有効に賃借権を譲り受けることができると誤信したことについては、過失があるというべきである。

3 原告が、不動産業者であることに鑑みると、原告代表者の右過失は決して軽視できるものではないが、原告代表者としては当初賃貸人の承諾を得て本件建物賃借権を譲り受けることを望んでいたのであり、法人の売買という形式を提案したのは被告であること、右提案の理由は有馬商事が法人税や譲渡承諾料の支払いを免れることにあり、専ら被告の利益を図ったものであること、その他本件に顕れた全ての事情を総合考慮すると、過失相殺の割合は五割と解するのが相当である。そうすると、被告は、原告が被った損害の五割である金三七一〇万円について損害賠償義務がある。

三結論

以上によれば、本件請求は、金三七一〇万円及びこれに対する平成二年六月一二日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官木村要 裁判官野山宏 裁判官伊勢素子)

別紙物件目録<省略>

別紙地下一階平面詳細図(<省略>)

別紙地下二階平面詳細図(<省略>)

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